月別アーカイブ: 2025年11月

【小説】世界よ、推しとともに滅べ

メガネを掛けた青年、小太りの梨本は、自宅でリモートワークをしていた。
机の上にはぬるくなったコーヒーと、キーボードの横に置かれたスマートフォン。
ふと画面が点灯し、SNSのトレンド欄に目をやる。
「……恋人発覚」
梨本の心臓が、不意に高鳴った。
指先が震える。
まさか、と思いつつ、祈るような気持ちでその言葉をタップする。
表示されたのは一枚の写真。
明らかにプライベートな時間、街中で見知らぬ男と腕を組んで歩く、梨本の”推し”——声優・キウ井みゆの姿だった。
その瞬間、全身から力が抜け、心が沈み込む音が聞こえるようだった。
まるで世界の色が褪せていく。
キーボードの上に、涙が落ちた。
熱いものが次々と頬をつたってこぼれ落ち、視界を曇らせる。
しゃくりあげる声が、自分の口から漏れる。
「嗚呼、こんな思いをするぐらいなら……」
声がかすれ、震えながらも、彼は言葉を絞り出す。
「花や草に……生まれたかった!」
嗚咽が部屋に満ちる。
やがて、梨本は声を震わせ、絶叫した。
「世界よ滅べ!」
そのとき、梨本だけではなかった。
SNSの向こう、画面の奥に、数万、いや数十万の声があった。
各地の部屋で、同じように膝を抱え、泣きじゃくるファンたち……名古屋のアパートの一室で泣き崩れる高校生。札幌の病室で天井を見つめる余命幾ばくもない青年。
その全てが同時刻、同じ言葉を呟いた——
「世界よ滅べ」

祈りは、集まり、濃密な念となり、物質世界へ干渉した。
その瞬間。
太陽が、爆発した。
八分一七秒後。
太陽の死の閃光は、電磁波として地球に届いた。
続いて、超新星爆発で加速された高エネルギー粒子——宇宙線が、地球の大気を貫き、生命のすべてを焼き尽くした。
それからしばらくして、爆発によって吹き飛ばされた物質の衝撃波が太陽系を襲い、惑星を、月を、すべてを巻き込みながら塵と化した。
星々は沈黙し、漆黒の宇宙に細かな光の粒となって漂った。
やがて、数千万年の時を経て、その微細な粒子たちは互いに引かれ合い始めた。
ガスと塵は重力に導かれ、回転しながら円盤状へと姿を変える。
それは「分子雲」となり、やがて一点に収束する。
内部の圧力と熱によって核融合が始まり、恒星が誕生した。
新たな「原始太陽」の誕生である。
さらにそれから数億年。
惑星系が形成され、「地球」と呼ばれる青い惑星が再び誕生した。

生命が生まれ、進化が始まる。
海中に誕生した微生物は多細胞生物へと進化し、やがて陸へと這い上がった。

時間は流れ、哺乳類が繁栄し、猿から人へ。
ホモ・サピエンスが文明を築いた。
その歴史の中で、争いがあり、平和があり、科学と芸術が芽吹いた。
ある島国ではアニメーションが文化として花開き、その声を担う声優という存在が熱狂的に愛されるようになった。
再び現れた、推し文化。
声優に心を捧げる者たち——その中に、記憶を失いこの世界に新しく生まれ変わった梨本がいた。
彼は再び、キウ井みゆを推していた。
キウ井みゆはアニメ『魔女っ子♡チャップリン』に登場するモダン・ラビットの声をあてて一躍売れっ子になった。
モダン・ラビットの耳カチューシャをつけたみゆのポスターが梨本の部屋の一番目立つところに貼られている。
ライブ、ファンミーティング、舞台、公開録音、聖地巡礼——梨本は、彼女に関連するすべてを追いかけ、収入の八〇%を捧げていた。
……なのに。
再び彼は、自宅の机に向かっていた。
仕事の合間、ふと目をやったスマートフォンの画面。
「恋人発覚」
再び、あの写真。
見知らぬ男と腕を組んで歩く、推しの姿。
梨本の手が震え、涙が溢れる。
「嗚呼、こんな思いをするぐらいなら……花や草に……」
そのとき。
空気が裂けるような静寂が周囲を包みこんだ。

外は漆黒の闇に包まれ、窓の外はまるで夜のようだった。
ふと、窓の向こうに輝きが現れる。
それはひとりの女性——透き通るような光に包まれた姿。
ヒマトンを纏ったその姿は、古代ギリシアの彫像のように神々しく、まばゆく光っていた。
彼女は、すうっと部屋の中へ滑るように入ってきた。
「あなたは、また同じ過ちを繰り返そうとしているのですか?」
低く、しかし響く声。
「な、なにを……」
梨本は恐る恐る声を返す。
女神は毅然とした声で告げる。
「あなたの祈りが、かつて世界を滅ぼしたのです。四六億年前のあなたが絶望したときに発した言葉。それが宇宙を崩壊させた。私は、それを再構築するのに、四六億年もかかったのですよ」
「あなた……誰……ですか……?」
かすれた声で問う。
「私はガイア。大地の女神。すべての命は私から生まれ、私に還るのです」
彼女の身体には星々が瞬き、生命の渦が渦巻いていた。
「でも……でも、みゆちゃんが……」
梨本が再び涙をこぼすと、ガイアは慌てて口を開いた。
「泣くではない! あなたの願いは世界を滅ぼすトリガーになりかねないのです。祈りはエネルギーとなり、物理世界に干渉する集合的無意識の共鳴現象となり……」
きっと口を結ぶ。
「またこの地球を壊しかねないのですよ?」
と、梨本は、目の前のガイアをまっすぐ見つめた。

「……じゃあ、あなたが……ぼくの推しになってくれますか?」
「えっ……?」
彼女の身体に瞬く星々がわずかに揺らぎ、周囲の時間がさらにゆっくりになったように感じた。
「あなたぐらいの存在じゃないと、ぼく、もう前を向けない……」

ガイアはしばし沈黙し、自らの中で光のスピードで思いを巡らせた。
(まさか、そんな矮小な……いや、しかし、この人間の祈りは、世界を滅ぼすほどの力を持つ。これを安易に拒絶すれば……)
「だって、あなたなら僕の全部を捧げても、誰も不幸にならないでしょ? 世界を救うことになるんだから!」
歪んではいるが、梨本にとっては純粋な願い……ガイアの目に、ほんの一瞬、翳りが走った。
「……ええ、まあ……その……考えておくわ」
彼女の頬が、すこし赤くなったように見えた。

しかしガイアは、恋多き女神。
過去の恋人たち(ゼウス、ポセイドン、アポロンなどなど)さらに現在も数多の神々と浮名を流している。
この秘密が梨本に知られたら——再び「世界よ、滅べ!」と言われるかもしれない。

それは、神である彼女にとっても、途方に暮れることだった。

—— おわり——

【小説】偏在する少女

ある日、駅のホームでまたあの少女を見かけた。
どこにでもいそうな普通の少女だが、その瞳にはどこか懐かしさを感じた。
目が合うと何かを訴えるような視線を俺に向けてくる。
俺が近づこうとすると、いつの間にかその姿を消してしまう。
俺はこの少女を、いろんなとき、いろんな場所で見かけた気がする。
最初は気のせいかと思っていた。しかし、最近になってはっきりと気づいた。
彼女はいつもどこかで俺を見ている。
そして奇妙なことに、その不思議な少女のことを、俺は物心ついた頃から知っているような気がするのだ。

   *   *   *

大学生の頃、東京で偶然知り合った女性がいた。
彼女はさらに偶然にも俺と同じ郷里出身だった……彼女と会話を重ねるうちに恋人となり、やがて結婚した。
妻は、はにかみ屋でおとなしい性格だったが、誰よりも思いやりのある優しい女性だった。
その瞳はどこまでも澄んでいて、彼女の人柄そのものを映しているようだった。
俺たちの生活は穏やかで幸せそのものだった。
だが、年月が経ち、彼女は年老いて不治の病に侵されてしまう。
俺たちは彼女の最後の日々を、可能な限り穏やかに過ごすよう努めた。

   *   *   *

「ねえ、あなた……私、あなたが私と一緒にいて幸せかどうか、ずっと調べていたのよ」
「調べる? 何を言ってるんだ?」
俺はそれを冗談だと思った。しかし妻の目は真剣だった。
「それに、普通は自分が幸せかどうかを考えるだろ? なんで俺の幸せを調べる必要があるんだ?」
「だって……私があなたと一緒にいたら幸せなのは、当たり前のことだから」
彼女の微笑みは、どこまでも優しかった。
「でも、どうやってそんなことを調べたんだ?」
少しだけ沈黙があり、彼女は小さな声で言った。
「実はね……私、小さい頃、あなたの近所に住んでたのよ」
「え?」
「でも、人見知りで話しかけられなくて。それがずっと心残りだった。でもねあるとき気づいたの。私、小さい頃、時空を行き来する力を持ってたから。その力で、あなたの未来をのぞいた。大人になるとその力は消えたけどね」
俺は何も言わず、ただ聞き入っていた。
「そしてね、未来のどこかで、あなたが東京で暮らしている光景を見たの。私が駅の近くで本を落として、あなたが拾ってくれるところも見た」
「まさか……」
「あの時の偶然は、偶然なんかじゃなかったの。私は子供のころその出来事を見ていたから、本をわざと落としたの」
「つまり……俺たちが出会えたのは、君が時間を越えて見ていたからなのか?」
「そうよ。でも、その後あなたが幸せになっているかどうか、私には分からなかった。だから調べたの……私は、あなたと一緒にいれて本当に幸せだった」
彼女はそう告げると、静かに目を閉じた。

   *   *   *

駅のホームで見かけた少女は、俺に微笑みかけてきた。
その微笑みと瞳を見た瞬間、俺ははっとした。
あの瞳は……妻のそれと同じだったのだ。
なぜ今まで気づかなかったのだろう?
初めて、彼女が俺に話しかけてきた。
「ねえ、あの人と結婚して幸せだった?」
驚いたが、気づけば自然と笑顔になっていた。
「幸せだったよ」
そう答えると、彼女は満足したようにうなずき、すぐ人混みに紛れて姿を消してしまった。

   *   *   *

時空を超える能力なんて、普通なら信じられない。
だが、彼女がそうだと言うならきっと真実なのだろう。
彼女が偏在した時間の中で、俺たちは確かに結ばれていた。

—— おわり——

【小説】坊主と屏風

俺が和室の居間に入ると、どこかから勝手にあがってきた坊主が床の間の屏風に上手な坊主の絵を描いている。
「おい!坊主、なにをする!」
坊主は素知らぬ顔で坊主の絵を描いている。よく見ると、屏風に描かれた絵の中の坊主も屏風に上手な絵を描いてやがる。
「この坊主め、確かに上手だけど坊主の絵をびょびょびょびょ……屏風に勝手に描くな!」

俺の怒鳴り声を聞きつけて入ってきた妻が
「どうしたの?」
「いや坊主が屏風に上手なぼぼぼ……坊主の絵を描いているんだ」
うまく言えない。ちゃんと聞き取れなかった妻が眉をひそめて言う。
「あんた、何言ってるの? ボールが豆腐に変わるとか、どういうこと?」
「いや、だから坊主が屏風に上手なジョーズの絵を描いてるんだ!」
また間違った! 妻は頭を抱え、
「またまた、今度はジョーズを噛んだって? 何を言ってるの?」
「違うって! 上手な毛布が屏風に絵を描いてるんだよ!」
早口で言えない。妻はますます混乱し、
「尿もれパッドに毛布が被さるって、何の話?」
「そんなこと言ってない! ジョウロにジョウロが……ああ俺もうまく言えない!」
妻はついに怒り出す。
「となりの竹垣に竹を立て掛けたの?」
「そっちの早口言葉は関係ない!」

そんな言い争いしている間にも、裏庭には二羽、庭には二羽の鶏があらわれ、隣の部屋で客が柿を食いだし、前の国道でバスがガス爆発、スーパーは生麦生米生卵の特売、赤パジャマ黄パジャマ茶パジャマを着た老若男女の発明家が東京特許許可局に向かって歩き、その前をカエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ、この釘引き抜きにくい釘を引き抜き、新進シャンソン歌手が新春シャンソンショー、取材に来た貴社の記者、汽車、会社、記者会見……舌を噛みそうな状況が加速していく。

その時、坊主が静かに声を上げる。
「私こと坊主が屏風にびょうずな坊主の絵を描いたんです」
俺は爆発した。
「お前もちゃんと言えてないじゃないか!」

—— おわり——

【小説】私の可愛い胃

私は動物を飼うことができないアパートに住んでいる。
ペット禁止の貼り紙を見るたび、胸の奥でなにかが鳴く。
——それなら、体の中で飼えばいい。

「私、胃を飼ってるんだ」
最初は冗談のつもりで始めたその考えは、だんだんと本気になっていった。
私はお腹の中に、小さな命が住んでいると信じることにした。
胃という名の小さな生き物が、私の体の中で日々の食事を楽しんでいる。
空腹になると、胃は「クゥ~ン」と鳴く。
私はその音が可愛くて仕方なく、いつもお腹が鳴る度に食べ物をあげてしまうのだ。
お腹が空いているときは、胃が「もっと食べたい!」と鳴くのだと思うと、つい食べ過ぎてしまう。

しかし、最近ダイエットを決意した。
友達と会う約束があり、少しだけ体を絞りたかったのだ。
でも、食べることが好きな私は、ダイエットが辛くて仕方がなかった。
「お前のためでもあるんだよ!」
ダイエット中、胃が鳴くたびに私は言い聞かせた。
食事を抜くたびに、胃が悲しげに「クゥ~ン」と鳴いて、それが本当に愛おしく思えた。
でも、ここで我慢しないと、せっかくの努力が無駄になる。

毎日少しずつ食事の量を減らし、お腹の鳴き声を我慢する日々が続いた。
胃が「キュルルルルルル……」と鳴くと、
「もう少しだからね」
私は優しくその声を無視した。
やがて、少しずつダイエットの成果が現れ始めた。
お腹は少しへこみ、体重も減少した。
それと並行して胃の「クゥ~ン」という鳴き声が、だんだんと静かになっていった。
胃が静かになったことに、私は少し寂しさを感じると同時に、達成感を覚えた。

ある夜、不思議な夢を見た。
夢の中で、私は手にリードを持ち、散歩道を歩いている。
そのリードの先には、犬のような形をした「胃」がいた。
ピンク色の丸い体に、口が大きく開いている。
胃は楽しそうに周囲を嗅ぎ回りながら、ゴミ箱の中を漁ろうとする。
「ダメだよ、そんなの食べちゃ!」
私は胃を制止しようとリードを引っ張ったが、胃は突然唸り始めた。
「グルルルル……」

次の瞬間、胃が私に飛びかかってきた。
私は必死に逃げようとするが、胃がリードを引っ張り返して私を地面に倒す。
私の上に乗り、まるで復讐するように体を締めつけ、私に向かって大きな口を開いた。
「もう我慢なんかしない……お前を食べてやる!」
胃は口のように食道を広げ、私を頭の上から包み込んでひと呑みにした。
そして私は胃の中で……

暗闇で目を覚ました。 ひどい寝汗をかいていた。
私は、そっと腹部を撫でた。

そして、ついにダイエットを終えた(ことになっている)その日。
私は、この身体へのご褒美を用意した。
久しぶりに会った友達と向かった先は、駅前の焼き肉屋だ。
テーブルには、厚切り牛タン、カルビ、ホルモン……焼き網の上でじゅうじゅうと肉が焼ける音がするたびに、私の腹の奥が期待に打ち震えるのがわかった。
「どう、おいしいでしょ!」
私はそう言いながら、焼きたての牛タンを次々と口に放り込み、咀嚼し、食道へと送り込む。その作業がたまらなく愉快だった。
「ちょっと、私以外の誰と喋ってんの? なんか今日、雰囲気変わったね」
友達は含み笑いしながら突っ込む。 私はただ、ニヤリと笑って見せた。

満腹になった頃、お腹の奥から、くぐもった音が聞こえた。
「クゥ~ン……キュゥ~ン……」
それは、これまで聞いてきたような食欲の合図ではなく、どこか悲痛な、助けを求めるような鳴き声だった。
「……して、……してよ」
微かに、人間の言葉が混じっているように聞こえた。
「ん? なにか言った?」 友達が不思議そうに私を見る。
「ううん、なんでもない。ちょっと食べすぎちゃったみたい」
私は腹部を軽く叩いて黙らせた。

——静かにしろ。

私は心の中で、腹の中に閉じ込めた「かつてのこの身体の持ち主」に向かって語りかけた。
お前はもう、ただの空腹の象徴だ。
これからは私が、この身体を使って存分に食事を楽しんでやる。
飼い主が変わったんだよ。

「キュ……」
腹の奥で、小さく絶望的な震えが伝わってきた。
私は満足げに、メニュー表を手に取って次の獲物を探し始めた。

—— おわり——

【小説】十一人いる!

宇宙ステーションでの清掃作業は予定より長引いていた。
「やばい、間に合わない!」
清掃区画の空調が壊れ、軽い酸欠で頭がぼんやりしていたのかもしれない。
僕は慌てて、整備員たちを押しのけ、最も手前に停まっていた宇宙船に飛び乗った。
この船は火星に医薬品を運ぶ緊急輸送船、僕がパイロットだ。
出発許可はすでに降りている。
僕はこんなときでも冷静に行動できる。
必要な判断だけを残し、それ以外は切り捨てる傾向があるとも言えるのだが。
手は自動的に動いて発進準備を整え、エンジンを点火する。
宇宙港のゲートが開き、船体がゆっくりと滑り出した。
「ふぅ……間に合った」

だが、その安堵も束の間だった。
後方の貨物室からカタン、と音がする。
「……?」
まさか……密航者か?
警戒しながら貨物室のドアを開けると、そこには一人の見知らぬ顔の男がいた。
「おい、お前何してるんだ!」
男はムッとした顔で言った。
「何って、俺はこの船のパイロットだぜ?」

は?

混乱していると、また別の男が貨物室の奥から出てきた。
「おい、お前、清掃員か? 勝手に船を出していいのか? どういうことだ?」
続いて、三人目、四人目……
次々と貨物室の影から人が現れる。
僕を入れて数えると……全部で十一人いる!
どういうことだ!? 僕の船に、一〇人も増えている!?

「おい、ここは僕の船だ! 勝手に乗り込んでくるな!」
慌てて僕が彼らを静止すると、
「はぁ? 何言ってんだ、お前ら全員、密航者だろ!」
全員が周囲に向かって主張し始めた。
怒鳴り声はばらばらなのに、イントネーションが微妙にそろっている。
「バカ言え、僕以外が密航者だ!」
僕が負けずに怒鳴り返すと、
「俺はパイロットどころか、お前らの運送会社の社長だぞ!」
「俺は宇宙警察だ! 全員逮捕する!」
「俺たちはもう死んでいるんだ……ここは三途の川の渡し船だ」
「おい、俺が主人公だぞ! お前らはモブキャラだ!」
「俺たちはマルチバースが誕生したとき生まれた可能性の分岐なんだ」
「俺が宇宙の支配者だ!」
「ここで不倫相手と待ち合わせしてるんだ、邪魔するな!」
「俺は異世界転生してきたんだが?」
「カット! カット! 今の演技じゃダメだ、もう一回!」
「俺は未来から来たお前だ! この船を止めるために来た!」

口々に勝手なことを主張する男たち。
彼らはみな同じ運送会社の制服を着ているが、誰が誰やら見分けがつかない。
そして僕含めて十一人全員、名札の番号が同じ……
「いいや、お前らが偽物だ!」
僕は……いや全員が叫んだ。

だが、言い争っている場合ではない。
これは緊急輸送船だ。
必要最低限の資源しか積んでいない。
十一人も乗っていたら、燃料は尽き、酸素も足りなくなり、全員が死ぬ。
計算は残酷だ。
冷たい方程式が導き出す答えは一つ。
余剰分を排除しなければ、この船は目的地にたどり着けない。

エアロックに至る扉を開くと、警告音が鳴り響いた。
「警告:エアロック減圧シーケンス開始」
赤いランプが点滅し、空気が張り詰める。
僕は操縦席ダッシュボード下からレーザー銃を取り出し、彼らに向けた。
「すまんが、ルールだ。出てもらうぞ」
ざわめきが走る。
疑念、怒り、恐怖——すべてが交錯した視線が僕に向けられた。
「待て、俺は本物のパイロットだ!」
「お前こそ密航者だろ!」
「頼む、考え直してくれ!」
無意味だ。
話し合いでは酸素も燃料も節約できない。
「知るか!」

内扉がロックされ、減圧が始まる。
男たちが必死に扉を叩く。鼓膜が悲鳴を上げ、血の滲む指先がガラスをひっかいた。
「エアロック開放」
無音だった。
扉が開いた瞬間、何かが吸い出される気配だけが残った。
悲鳴は、空気がない場所では形にならない。

これで船内は僕一人……ようやく、火星へ向かえる。
ふぅ、と息をつき、船の認識番号を確認する。
「え?」
認識番号が違う。これ、僕の船じゃない。
「……」
あの中に、一人くらい本物がいたかもな。
……ま、いっか。
誰が本物か決めるのはこの物語の外側だ。
僕が判断する必要はない。

船を一気に加速させ、僕は火星へと向かった。

——おわり——