【小説】偏在する少女

ある日、駅のホームでまたあの少女を見かけた。
どこにでもいそうな普通の少女だが、その瞳にはどこか懐かしさを感じた。
目が合うと何かを訴えるような視線を俺に向けてくる。
俺が近づこうとすると、いつの間にかその姿を消してしまう。
俺はこの少女を、いろんなとき、いろんな場所で見かけた気がする。
最初は気のせいかと思っていた。しかし、最近になってはっきりと気づいた。
彼女はいつもどこかで俺を見ている。
そして奇妙なことに、その不思議な少女のことを、俺は物心ついた頃から知っているような気がするのだ。

   *   *   *

大学生の頃、東京で偶然知り合った女性がいた。
彼女はさらに偶然にも俺と同じ郷里出身だった……彼女と会話を重ねるうちに恋人となり、やがて結婚した。
妻は、はにかみ屋でおとなしい性格だったが、誰よりも思いやりのある優しい女性だった。
その瞳はどこまでも澄んでいて、彼女の人柄そのものを映しているようだった。
俺たちの生活は穏やかで幸せそのものだった。
だが、年月が経ち、彼女は年老いて不治の病に侵されてしまう。
俺たちは彼女の最後の日々を、可能な限り穏やかに過ごすよう努めた。

   *   *   *

「ねえ、あなた……私、あなたが私と一緒にいて幸せかどうか、ずっと調べていたのよ」
「調べる? 何を言ってるんだ?」
俺はそれを冗談だと思った。しかし妻の目は真剣だった。
「それに、普通は自分が幸せかどうかを考えるだろ? なんで俺の幸せを調べる必要があるんだ?」
「だって……私があなたと一緒にいたら幸せなのは、当たり前のことだから」
彼女の微笑みは、どこまでも優しかった。
「でも、どうやってそんなことを調べたんだ?」
少しだけ沈黙があり、彼女は小さな声で言った。
「実はね……私、小さい頃、あなたの近所に住んでたのよ」
「え?」
「でも、人見知りで話しかけられなくて。それがずっと心残りだった。でもねあるとき気づいたの。私、小さい頃、時空を行き来する力を持ってたから。その力で、あなたの未来をのぞいた。大人になるとその力は消えたけどね」
俺は何も言わず、ただ聞き入っていた。
「そしてね、未来のどこかで、あなたが東京で暮らしている光景を見たの。私が駅の近くで本を落として、あなたが拾ってくれるところも見た」
「まさか……」
「あの時の偶然は、偶然なんかじゃなかったの。私は子供のころその出来事を見ていたから、本をわざと落としたの」
「つまり……俺たちが出会えたのは、君が時間を越えて見ていたからなのか?」
「そうよ。でも、その後あなたが幸せになっているかどうか、私には分からなかった。だから調べたの……私は、あなたと一緒にいれて本当に幸せだった」
彼女はそう告げると、静かに目を閉じた。

   *   *   *

駅のホームで見かけた少女は、俺に微笑みかけてきた。
その微笑みと瞳を見た瞬間、俺ははっとした。
あの瞳は……妻のそれと同じだったのだ。
なぜ今まで気づかなかったのだろう?
初めて、彼女が俺に話しかけてきた。
「ねえ、あの人と結婚して幸せだった?」
驚いたが、気づけば自然と笑顔になっていた。
「幸せだったよ」
そう答えると、彼女は満足したようにうなずき、すぐ人混みに紛れて姿を消してしまった。

   *   *   *

時空を超える能力なんて、普通なら信じられない。
だが、彼女がそうだと言うならきっと真実なのだろう。
彼女が偏在した時間の中で、俺たちは確かに結ばれていた。

—— おわり——