日別アーカイブ: 2025年11月30日

【小説】十一人いる!

宇宙ステーションでの清掃作業は予定より長引いていた。
「やばい、間に合わない!」
清掃区画の空調が壊れ、軽い酸欠で頭がぼんやりしていたのかもしれない。
僕は慌てて、整備員たちを押しのけ、最も手前に停まっていた宇宙船に飛び乗った。
この船は火星に医薬品を運ぶ緊急輸送船、僕がパイロットだ。
出発許可はすでに降りている。
僕はこんなときでも冷静に行動できる。
必要な判断だけを残し、それ以外は切り捨てる傾向があるとも言えるのだが。
手は自動的に動いて発進準備を整え、エンジンを点火する。
宇宙港のゲートが開き、船体がゆっくりと滑り出した。
「ふぅ……間に合った」

だが、その安堵も束の間だった。
後方の貨物室からカタン、と音がする。
「……?」
まさか……密航者か?
警戒しながら貨物室のドアを開けると、そこには一人の見知らぬ顔の男がいた。
「おい、お前何してるんだ!」
男はムッとした顔で言った。
「何って、俺はこの船のパイロットだぜ?」

は?

混乱していると、また別の男が貨物室の奥から出てきた。
「おい、お前、清掃員か? 勝手に船を出していいのか? どういうことだ?」
続いて、三人目、四人目……
次々と貨物室の影から人が現れる。
僕を入れて数えると……全部で十一人いる!
どういうことだ!? 僕の船に、一〇人も増えている!?

「おい、ここは僕の船だ! 勝手に乗り込んでくるな!」
慌てて僕が彼らを静止すると、
「はぁ? 何言ってんだ、お前ら全員、密航者だろ!」
全員が周囲に向かって主張し始めた。
怒鳴り声はばらばらなのに、イントネーションが微妙にそろっている。
「バカ言え、僕以外が密航者だ!」
僕が負けずに怒鳴り返すと、
「俺はパイロットどころか、お前らの運送会社の社長だぞ!」
「俺は宇宙警察だ! 全員逮捕する!」
「俺たちはもう死んでいるんだ……ここは三途の川の渡し船だ」
「おい、俺が主人公だぞ! お前らはモブキャラだ!」
「俺たちはマルチバースが誕生したとき生まれた可能性の分岐なんだ」
「俺が宇宙の支配者だ!」
「ここで不倫相手と待ち合わせしてるんだ、邪魔するな!」
「俺は異世界転生してきたんだが?」
「カット! カット! 今の演技じゃダメだ、もう一回!」
「俺は未来から来たお前だ! この船を止めるために来た!」

口々に勝手なことを主張する男たち。
彼らはみな同じ運送会社の制服を着ているが、誰が誰やら見分けがつかない。
そして僕含めて十一人全員、名札の番号が同じ……
「いいや、お前らが偽物だ!」
僕は……いや全員が叫んだ。

だが、言い争っている場合ではない。
これは緊急輸送船だ。
必要最低限の資源しか積んでいない。
十一人も乗っていたら、燃料は尽き、酸素も足りなくなり、全員が死ぬ。
計算は残酷だ。
冷たい方程式が導き出す答えは一つ。
余剰分を排除しなければ、この船は目的地にたどり着けない。

エアロックに至る扉を開くと、警告音が鳴り響いた。
「警告:エアロック減圧シーケンス開始」
赤いランプが点滅し、空気が張り詰める。
僕は操縦席ダッシュボード下からレーザー銃を取り出し、彼らに向けた。
「すまんが、ルールだ。出てもらうぞ」
ざわめきが走る。
疑念、怒り、恐怖——すべてが交錯した視線が僕に向けられた。
「待て、俺は本物のパイロットだ!」
「お前こそ密航者だろ!」
「頼む、考え直してくれ!」
無意味だ。
話し合いでは酸素も燃料も節約できない。
「知るか!」

内扉がロックされ、減圧が始まる。
男たちが必死に扉を叩く。鼓膜が悲鳴を上げ、血の滲む指先がガラスをひっかいた。
「エアロック開放」
無音だった。
扉が開いた瞬間、何かが吸い出される気配だけが残った。
悲鳴は、空気がない場所では形にならない。

これで船内は僕一人……ようやく、火星へ向かえる。
ふぅ、と息をつき、船の認識番号を確認する。
「え?」
認識番号が違う。これ、僕の船じゃない。
「……」
あの中に、一人くらい本物がいたかもな。
……ま、いっか。
誰が本物か決めるのはこの物語の外側だ。
僕が判断する必要はない。

船を一気に加速させ、僕は火星へと向かった。

——おわり——