日別アーカイブ: 2025年8月22日

【小説】目覚めのビッグバン

私は目を覚ます。
窓の外から差し込む光が、半分夢の中にいる私の意識をゆっくりと引き上げていく。
光とともに、世界が一気に広がっていくのが見える。
街並みや人々の姿、木々のざわめき。これらすべては、私が目覚めた瞬間に生まれたのだ。
そう、世界は私の想像の産物だ。
私が目覚めると同時にビッグバンが起き、宇宙が形作られる。
そんな壮大なスケールの中で、私はただの一人の人間として存在している。
でも、不思議なものだ。
私のために世界があるはずなのに、どうして私の人生はこんなにもうまくいかないんだろう。

眠りの余韻が消え、意識が覚醒するにつれて、部屋の中に光が差し込み、家具や壁が現れる。
窓の外の景色も徐々に「再生」されていく。遠くに見える電車、駅前の小さなコンビニ、通りを行き交う車や人。
「はいはい、おはようございます、私の世界」
心の中でぼんやり呟く。
鏡を見ると、寝癖のついた自分の顔がそこにある。この顔さえも、私が目覚めた瞬間に生成されたものかと思うと、妙な気分だ。
それにしても、もう少し綺麗な顔に生成してくれたらよかったのに。
高校時代、私は夢見た第一志望の高校に落ち、仕方なく第二希望の私立に通うことになった。
「唯一無二の私が志望校に落ちるって、何の冗談?」
大学だって、一浪してようやく滑り込んだ。
夢のキャンパスライフとは程遠い日々。
大富豪やアラブの石油王の娘だったら、何の苦労もなく過ごせたのに。
現実の父はしがない公務員。母も平凡な主婦。
家計はカツカツで、ファミレスのバイト代がなきゃ新しい服も買えない。
私の世界は私のために作られている——そのはずなのに、なぜ思い通りにならない?
「そういう風に作られているから仕方ないじゃん!」
心の中の誰かが呟くようにそう教えてくれるけど、納得なんてできない。

洗面所で顔を洗い、適当に食パンを齧りながらスマホをいじる。
ニュースを眺めていると、世界のあちこちで起きている事件や災害が流れてくる。
でも、ふと考える。これって本当に「実在」してるのかな?
私が見ていない場所なんて、実際はただの「未設定」なんじゃないだろうか。
ニュースに映っているのも、私が知り得ない遠い世界をもっともらしく見せるための「飾り」に過ぎない気がしてくる。
窓の外を見ると、やっぱり視界に入る部分だけがきちんと存在している。
もしかしたら、その先は映画のセットみたいに板を立てかけてあるだけかもしれない。
「この世界、どこまで本当なんだろう?」
そんなことを考えながらコートを羽織り、家を出る。

いつもの電車。いつもの景色。
駅前のパン屋の匂いも、通り過ぎる制服姿の高校生たちも、きっと「私が見ている間だけ」存在しているんだろう。
車窓の景色をぼんやり眺めながら、ふと考える。
「私が電車で眠っているとき、椅子の上に座ったまま虚空を並行移動しているのかな」
そう思うと怖くなる反面、どこかこっけいな気もする。
すべては一瞬一瞬、私に合わせて作られているのだから、未来のことを気にする必要なんてないかもしれない。
でも、その一方で、大学に着いたらまた嫌なことが待っているとわかっている。
それも私の想像だとしたら、どうしてこんな嫌なシナリオにしたのか、自分でも理解できない。
もっと楽しい大学生活を設定してもよかったんじゃないの?
講義室に着くと、相変わらず淡々とした時間が流れる。
退屈な講義を聞き流しながら、たまにノートを取り、スマホをいじる。
隣の席の子が何か話しかけてくるけど、適当に相槌を打つだけ。
世界が私の想像でしかないなら、きっとこの子も私の「脳内キャラクター」だ。
そう思うと少し気楽になれるけど、同時に寂しさも感じる。

夕方になるとファミレスのバイトへ向かう。
エプロンを付けてレジに立つと、今日もいつも通りの風景が広がる。
「いらっしゃいませー」
と声を出しながら、視界に入るお客さんを観察する。
若いカップル、疲れたサラリーマン、家族連れ。
彼らもきっと、私のためだけに「作られた」存在なのだろう。
実際、彼らが席を立って店を出た瞬間、彼らの存在は消えてしまうに違いない。
私が見ていない場所で、わざわざ「彼らを生かし続ける」必要なんてないのだから。
それなのに……どうして?
どうしてわざわざ嫌な客を登場させる必要があるの?
「盛り付けが少ない」とか「注文が遅い」とか、理不尽なことを言って怒鳴りつけるお客さん。
私が疲れているのを見越して、もっと優しい人だけ登場させてくれればいいのに。
そんなことを思いながら、今日も黙々と仕事をこなす。
結局、この世界は「そういう風に作られているから仕方ない」と割り切るしかないのだ。

バイトが終わって帰宅すると、家では両親が待っている。
「就職活動、ちゃんとやってるの?」
うるさい。うるさい。うるさい。
何度言われても、やる気にはなれない。
いや、私が頑張って進むべき道なんてそもそもない気がしている。
母親の問いかけに、適当に「考えてるよ」と答える。
これだって、どうせ「親役」として設定されたキャラクターなんだ。
わざわざこういう台詞を言わせなくてもいいのに。

「こんな世界、消えてしまえばいいのに!」
あるとき私が心の中で呟いた瞬間、世界は崩れた。
まるで映画のセットがバラバラに壊れていくかのように、目の前で人々は光の粒となり、建物は砂のように崩れていった。
足元が消え、闇の中に私はただ漂っているだけだった。
完全に崩壊した世界が再び元に戻るまで、三日かかった。
ただの空っぽな空間に、私一人。
それ以来、どれだけ嫌なことがあっても「世界なんて消えてしまえ」なんて二度と考えないと決めた。
私が我慢すれば、世界は崩壊しない。それが唯一のルールだ。

布団に潜り込んでLINEで友達と適当にやり取りを始める。
この時間だけは少しだけ安心できる。
眠くなってくると、私の周囲の世界は少しずつぼやけ始める。
光が薄れ、音が消え、色が褪せていく。
窓の外の景色がぼやけ、部屋の中の家具が曖昧な輪郭に溶け込む。
最後に意識が消える直前、私は思う。
「明日はもう少しいい世界を見せてほしいな」
そう願いながら、私は眠りにつく。
やがて全てが無に変わり……何もない虚空で、次に目覚めるまで私は漂っている。

—— おわり——