リンリンは畳の上に腹ばいになって、弟のナッシーと向かい合っていた。
二人の間には、古いプラスチックの怪獣と小さな人形がいくつか転がっている。
「がおー」
リンリンが声を低くすると、ナッシーは声を上げて笑い、人形を空に持ち上げた。
家の中は静かだった。
外の音は、いつもと同じようにどこか遠くで止まっている。
外に出てはいけない。
それは、理由のない決まりだった。
けれどその日、玄関の方を見ても誰も止めに来なかった。
リンリンはなぜか許された気がして、ドアを開けた。
外は、彼の知っている世界ではなかった。
空は高く、足元は荒れていて風が強かった。
身体が軽くなった。
リンリンとナッシーは、空を飛べることに気づいた。
兄弟並んで空から見下ろすと、怪獣がいた。
怪獣は大きく、鈍く、地面を踏みしめるたび世界が揺れた。
二人は戦った。
善戦だった。
だが、怪獣の腕が振り下ろされた瞬間、ナッシーの首が音もなく飛んだ。
頭と身体が離れ、空中でくるくる回転しながら落ちていく。
リンリンは叫んだが、声は届かなかった。
怪獣は倒れた。
勝ったのだとリンリンの身体は理解していた。
しかし、空から見える弟は——地面に臥したまま動かなかった。
* * *
場面が変わる。
少女は、机の上に置かれたジオラマ風の家を覗き込んでいた。
屋根は一部が欠け、壁にはもともとの傷なのかぶつけてできたひびなのか区別のつかない線が走っている。
「リンリン」
「ナッシー君」
指先で人形をつまみ、部屋から部屋へ動かす。
床には、小さな破片が散らばっている。
家具の脚、割れた窓枠、本来ならここにあるはずのない欠片。
人形たちは、静かに従っているように見えた。
そこへ兄が入ってくる。
「お前、またこんなことしてるのか」
乱暴に人形を取り上げる。
自分の部屋へ持っていき、空を飛ばせ、怪獣と戦わせる。
その拍子に首が取れた。
くるりと飛んで、床に落ちる。
首の付け根は、最初から割れていたかのように妙に白く滑らかだった。
兄は少し見て、すぐに飽きた。
人形を放り出し、友達と遊びに行く。
少女は泣きながら、母親のところへ行く。
母は黙って首を拾い、丁寧に直した。
接着剤の匂いが、一瞬、部屋に広がる。
その匂いとほとんど同時に、外から別の匂いが流れ込んできた。
焦げた布の匂い。
金属が焼けた匂い。
遠くで、誰かが担架の上の体を押さえ、外れかけた首元を布で固定しているのが見える。
母の指先が人形の首をまっすぐに整える動きと、外の人間たちが遺体を整える動きが、不自然なほど重なって見えた。
「お父さんがいないんだから」
そう言って、少女を見る。
「あなたがちゃんと面倒みてあげないと駄目でしょ」
* * *
再び、人形たちの世界。
いつの間にか、ナッシーの首は元に戻っていた。
理由はわからない。
ただ、修復されたことだけが、事実として残っている。
リンリンはそれを当然のように受け入れ、いつもの生活に戻る。
リンリンは飛行機を持ち上げる。
ダーン。 ダーン。
空を切る音。
その音は、どこかで聞いた爆音と完全に重なっていた。
* * *
再び、現実。
少女は、ジオラマ風の家で人形を遊ばせている。
家の外は荒野だった。
舗装は剥がれ、建物は骨組みだけを残している。
ジオラマの壁の欠けと、現実の建物の崩れが、同じ角度で同じ形に見える。
遠くで煙が上がっている。
ドールハウスの煙突から立ち上る
小さな綿の煙と、外の黒煙が、同時に揺れている。
タタタン。 タタタン。
銃声が聞こえる。
ジオラマの床に落ちていた小さな破片が、そのたびわずかに震えた。
近い。
少女は何も知らないまま、人形を動かす。
人形の腕が取れ、足が外れ、それでも元の位置に戻される。
外では、誰かが叫び、誰かが倒れ、誰かがまた運ばれていく。
瞬間、戦災の光景が一瞬だけ完全に一致する。
不条理なまでに大きな天災や戦争は、ひょっとすると誰かの気まぐれな遊びなのかもしれない。
人形たちは、今日も首をつけ直されながら生きている。
—— おわり——
