【小説】恐竜のせいで学校に行けません

「学校行くのいやだなあ……」
麩月(ふづき)は、ベッドの上で目だけ出して布団に潜り込んでいる。
彼女は小柄で、普段からあまり目立つタイプではない。
何をするにも億劫で、学校では「気が抜けた豆腐」とまで言われている。
でも麩月には、誰にも負けない特技があった。

「そんなとき!」
麩月は目をつぶって、何か考え始める。
つまらない日常を打破するため、麩月は想像力を活用する。
どんな退屈な時間でも、一瞬で夢中になれる想像の世界を作り出す能力だ。
現実はいつも重い。だから私は、軽い世界を自分でつくる。

「1・2……」
ばっと起き上がる。
「ほら! 窓の外は白亜紀!!」

窓の外でプテラノドンが鳴いた。
本当はカラス……のはずなのに、今日は黒くない。
ビルの屋上から屋上へ滑空している。
トリケラトプスが大きな角を揺らしながら走り、草食恐竜たちがゆっくりと草木を食べている。
街中で恐竜が闊歩している。

「行ってきます!」
やる気が出たので、麩月は学校へ向かう。
ヴェロキラプトルが「グルルルル……」と、隣の家の塀の中で唸り声をあげている。
(けれど私はわかっている。本当は隣の犬が吠えているだけ)
ステゴサウルスの群れが尻尾を左右に振りながら道路を横断する。
(本当は自転車通学の高校生たちね)
トリケラトプスに人が乗って走っている。
(あれはバスよ)

これは麩月がいつもおこなう想像ごっこである。
あるときはお忍びでやってきた王女様が街を視察するごっこ。
あるときは銀河の彼方からやってきた宇宙人になりきって地球を観察するごっこ。

咆哮を上げ、麩月めがけて走ってくるティラノサウルス。
巨大な足音が地面を揺らし、周囲の建物の窓がガタガタと音を立てている。
「ダンプカーだということはわかってるのよ」
しかし、ティラノサウルスの姿があまりにもリアルで、麩月の想像力は暴走していく。
トリケラトプスの角が陽光を反射して鈍い輝きを放つ。
プテラノドンの影が街全体に広がり、人々はその存在に怯えるどころか、自然の一部のように受け入れている。
「こんなに完璧な世界が作れるなんて、私って天才かも!」

一瞬だけ得意げな表情を浮かべた。
その直後、ティラノサウルスの巨大な瞳が、彼女を見透かすようにわずかに動いた気がした。
一瞬、心臓が跳ねる。
ギョッとした。
ティラノサウルスが顎を大きく開き、麩月の頭上に迫ってくる。
わかってる。これはダンプカー。いつもそうだった。
でも今日は……うまく“区別”ができていない。
感覚のチャンネルが混線しているみたいだ。
「そういうの、もういいから」
苦笑いしながら、麩月は自分の暴走した想像を止めようとする。

……はずだった。

しかし今日は違った。
そのまま恐竜の王者は麩月を咥えた。
巨大な牙が突き刺さり、麩月の意識は遠くなる。
そのまま空中へ振り回し、ティラノサウルスは彼女の身体を地面に叩きつけた。

麩月は横たわったまま、かろうじて目を開く。
「駄目! 私がこのまま死んでしまったら……」

薄れていく意識の中、麩月は手のひらに意識を集中させる。
ティラノサウルスの足元に広がるはずの、ゴツゴツとしたジュラ紀の土ではなく、固く、熱を帯びた現実の舗装道路の感触を。
「これはアスファルト。アスファルト……!」
しかし、手のひらは巨大な肉食獣の足に踏み潰され、感触は消えていく。
建物のガラス窓が轟音にビリビリ震えている。
通りにいた他の恐竜たちも興奮したように動き始める。
アパトサウルスが長い首を建物から突き出し、足元を通行人がくぐる。
ヘルメットを被った青年がコンプソグナトゥスの背に乗り、道路を走り抜けていく。

「恐竜が、私の思い込みが、確信に変わって……このままの世界が続いてしまう……」
麩月の指が地面を掻きむしるように動く。
「駄目…………」
「早く想像をやめないと……」

麩月の眼は見開いたまま静止した。
ティラノサウルスは足音を響かせ、去っていく。
その後に残された血まみれの少女を、通勤途中のサラリーマンが邪魔そうに避けて歩いていく。
スマートフォンを見ながら、誰一人として悲鳴を上げない。
だってそれが、恐竜の日常だから。

——おわり——