岡市たかし(おかし たかし)がダンプに跳ねられ命を落としてから半年が経った。
納棺の際、母親の岡市多辺美(おかし たべみ)はたかしの部屋に入り遺品を探した。
本棚には、たかしが大切にしていた漫画がぎっしり詰まっていた。
異世界転生をテーマにしたものばかりで、主人公が圧倒的な力を手にし、仲間たちに崇められながら美少女たちと幸せに暮らすという内容だった。
「現実のたかしとはまったく正反対ね……これが、たかしの求めていた世界だったのね」
多辺美は泣きながら目立つ場所に置いてあった本を棺の中に入れた。
「だから、たかしはその理想の世界へ旅立ったのね……きっと異世界で幸せに暮らしていることでしょう。こっちの世界で幸せにしてあげられなくてごめんね……」
葬儀屋が棺の蓋を閉じ、たかしが多辺美の息子として生きた日々は幕を閉じた。
ある日、多辺美はたかしの遺品の一つであるゲームを手にした。
それは異世界を舞台にしたRPGだった。
たかしが途中で放置していたデータを開いてみると、メイキングで作られた主人公の顔がたかしにそっくりだった。
「まあ、このゲーム、女性キャラクターばかり仲間になるのね。それに主人公だけが圧倒的に強いなんて、バランスも何もあったものじゃないわ」
ゲームの中では、たかしそっくりの主人公が剣を握り、異世界を駆け回っていた。
光る剣を振りかざし、巨大な魔物を次々と倒していく姿は、現実のたかしとはかけ離れた頼もしさだった。
たかしの冒険には、美少女の仲間たちがずらりと並んでいた。
それぞれが個性的で可愛らしく、主人公を敬愛してやまない彼女たちの姿を見て、多辺美は少しだけくすりと笑った。
「こんな世界に憧れていたのね……」
たかしが生前に見せていた無口で大人しい一面からは想像もつかないようなゲームの世界観だったが、多辺美はそのギャップがどこか愛おしく感じられた。
最初は慣れないゲームの操作に戸惑いながらも、多辺美は進めるうちに主人公と旅する女性キャラクター名を変更できることに気づいた。
「『たかしママ』……これでいいわね」
名前をつけられたキャラクターは、たかしの冒険に寄り添う回復役のサポートキャラだった。
「たかし、しっかり守ってね」
冗談交じりに画面越しの息子に語りかけると、その直後、たかしが画面の中でチート能力を発揮し、大勢の敵を一撃で蹴散らした。
「すごい……本当に頼もしいわね!」
多辺美は歓声を上げた。戦闘のたびに、たかしが彼女を守り、導く姿に多辺美は心を奪われていった。
どんな危機的状況でも彼が放つ一振りの剣は光り輝き、戦いの終わりには決まって彼の背中がまばゆく映った。
「こんなに強いたかしと一緒に旅をしているなんて、夢みたい……」
多辺美はふと、自分が言った言葉に気づいて胸を締め付けられるような思いに駆られた。
確かに夢ではない——現実のたかしは、もう戻らないのだ。
しかし旅をする時間だけは、たかしと再び繋がれたように思えた。
旅が進むにつれて、多辺美は次第に現実を忘れ、ゲームの世界に深く引き込まれていった。
森を抜け、広大な草原を渡り、崖の上から絶景を見下ろしたとき、多辺美は画面越しでありながら心から感動した。
「こんな景色、たかしと一緒に見られるなんてね」
チラとたかしが少し振り返るように見えたのは、多辺美の気のせいだろうか。
時折、美少女たちが会話の中で主人公を褒め称えるのが耳に入るたびに、多辺美は少し照れくさくなりながらも嬉しく感じていた。
「たかし、こんなにみんなに慕われて……本当によかったわね」
そんな楽しい日々が続く中、旅の物語はついに大きな山場を迎えた。
それは、伝説のドラゴンが現れるというイベントだった。
画面いっぱいに映るドラゴンの姿は恐ろしく、多辺美は一瞬、手が震えた。
「こんなの、倒せるの……?」
恐怖で動けないたかしママを守るため、たかしは真っ先にドラゴンに立ち向かった。
放たれる巨大な火炎もものともせず、剣を振りかざして攻撃を繰り出すたかしの姿は、これまで以上に輝いて見えた。
「たかし! 頑張って! かーちゃんも一緒に戦うから!」
多辺美も慌ててボタンを押して回復魔法をかけたが、ドラゴンの攻撃は容赦なくたかしを襲う。
何度目かの激しい突風の中で、たかしは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「たかし! ダメ! あなたがそんなことをしたら……!」
多辺美の叫び声が響く中、画面の中のたかしがゆっくりと顔を上げた。
その目は、どこか懐かしさを感じさせるもので——いつの間にか、彼は現実のたかしそのものの姿になっていた。
「かーちゃん、大丈夫か?」
その声は紛れもなく、息子の声だった。
「たかし!?」
多辺美は画面の前で息を飲んだ。そこにいるのは、もうゲームのキャラクターではない。
本物のたかしが、画面越しにこちらを見つめている!
「かーちゃん、俺、異世界でも元気にやってるからさ。もう俺のことは心配しないで……かーちゃんには、かーちゃんの人生があるだろ?」
「何を言ってるの! あなたなしでどうやって生きていけというの!」
涙を流しながら訴える多辺美に、たかしは優しく微笑んだ。
「俺、かーちゃんの子供に生まれて、本当に幸せだったよ。異世界転生しても絶対かーちゃんの子供になりたい……今まで、本当にありがとう」
たかしはドラゴンに向かって剣を振った。チート能力で一閃、ドラゴンは倒れた。
そしてゆっくりと立ち上がり、彼方へ歩き出した。
その背中を追いかけるように、多辺美は叫んだ。
「たかし! 行かないで! たかし!」
たかしは振り返らなかった。
遠くで待っていた旅芸人の女性と手を取り合い、やがて視界から消えていった。
多辺美は泣きながらリセットボタンを押し、セーブデータからやり直そうとした。
しかし、データは消えていた。
ゲームを最初からやり直してみても、あのシーンを見ることができなかった。
「あれは……幻だったの……?」
多辺美は呆然としながらも、真っ暗な部屋で立ち上がって電気をつけた。
「……私も、頑張らなきゃ」
「これが、小説投稿サイトで大人気の『たかしママ』先生が異世界転生ものを書き始めたきっかけです。息子さんの死を乗り越え、彼との絆を物語に託したのです」
数年後、そんなインタビュー記事が公開された。
—— おわり——
