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松田望 について

松田 望(まつだ のぞむ、1972年10月13日- )は、日本の男性漫画家。大阪府高槻市出身。京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻修了。血液型は0型。 1991年高校の同窓生中村好夫とコンビを組み、ラジオのお笑い番組に出場し優勝。(MBSラジオ『土曜だアミーゴ!』3代目グランドチャンピオン) 同じく中村好夫と漫画を合作、1999年週刊少年マガジン掲載『新世紀笑伝説爆烈Q』でデビュー。 2004年週刊ヤングジャンプ『性的人間』連載を機に中村好夫との連名ペンネームをのぞむよしおに改称。 2007年中村は笑福亭鶴光師匠に弟子入り(芸名:笑福亭羽光)し、のぞむよしおは自然消滅。松田望は漫画誌・実話誌・Webコンテンツ・新聞等で漫画やイラストの仕事を続けている。

【小説】因果の飴玉

男は黒い服を着ていた。
黒いコート、黒いシャツ、黒いズボン、黒い靴。
夕暮れの街角で、男は道を歩いていた。目的のマンションはすぐ近くだが、正確な場所がわからない。地図を確認しようとポケットに手を突っ込んだとき、小さな影が視界をよぎった。
まだ幼い男の子が、ボールを蹴りながら歩いている。
男はふと足を止め、その子供に声をかけた。
「なあ、ちょっといいか」
男の子はボールを止め、見上げた。
「ん?」
「このマンションの場所を知ってるか?」
そう言ってスマホの画面を見せる。男の子はちらっと見て、すぐに笑った。
「ここだよ! 僕のマンション!」
指差した先にそびえるのは、まさに男が探していた建物だった。
「そうか、ありがとうな」
男はポケットから飴玉を取り出し、少年の手にそっと置いた。
「お礼だ」
「わ〜い!」
少年は嬉しそうに飴を握りしめると、そのままマンションの入口へと駆け込んでいった。男はその背中を見送ると、静かにエントランスへ足を踏み入れた。

「こらっ! どこでそんな飴をもらったの!」
部屋に戻った少年は、すぐに母親に咎められた。
「道で知らない人からもらっちゃダメって言ってるでしょ!」
「いいじゃん! 飴だよ?おいしいもん!」
母親の手から逃れるように、少年はリビングを駆け回る。
「返しなさい!」
「や〜だ!」
鬼ごっこが始まった。少年はソファの周りをぐるぐると走り、母親もそれを追いかける。
そのとき——
少年は勢い余って、棚にぶつかった。
棚が揺れる。
上に置かれていた石膏像が、わずかに傾いだ。
次の瞬間、バランスを失った石膏像が、すぐ隣の金庫の上に落ちた。
重い金庫が、その衝撃でわずかに傾く。
そして——
床が、音を立てて抜けた。

黒い服の男は、下の階の一室にいた。
部屋の中は薄暗い。ベッドの上に座る男は、手に鋭いナイフを握っている。
目の前には、椅子に縛られた住人が震えていた。
「すまんな、仕事なんでね」
そう言って、男はナイフをゆっくりと持ち上げる。
そのとき——
天井から異音がした。
男は眉をひそめゆっくりと上を見上げる。
「……何だ?」
次の瞬間、金庫が天井を突き破って落ちてきた。
大轟音。
男は、言葉を発する間もなく金庫に押し潰された。
「ええっ?」
縛られた住人は、状況を理解する前にさらに異変を目にした。
潰れた金庫の扉が衝撃で開き、中から大量の飴玉が床に転がり出た。
赤、青、黄色、透明——さまざまな色のキャンディーが、まるで男の血の代わりのように床を埋め尽くしていく。
住人は目を見開いたまま、震える声で呟いた。
「……なに、これ……?」

上の階。
「ほら、だから言ったでしょ!知らない人から飴なんてもらっちゃダメ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
母親は溜息をつきながら、床の穴を見た。
「まったく、どうしてこんなことに……」
少年は泣きながら、まだ手の中にあった飴を握りしめていた。
「カラ……ン、コロ……ン……」
下の階から、なおも飴玉が床を転がる音が、少年の耳へかすかに響く。

金庫から溢れ出した飴玉は、爆ぜた火花のように放射状に部屋を埋め尽くしていく。
そのうちの一粒が、騒ぎを聞きつけて駆けつけた警官の足元を音もなくすり抜け、開いたままの扉から外へと滑り出て、マンション前にコロンと跳ねると、観測不能な死角へ消え去った。

その日以来、
このマンションでは誰かが親切にした直後に、
理由の分からない事故が一つだけ起きるようになった。

—— おわり——